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- ミュージカル『バンズ・ヴィジット 迷子の警察音楽隊』〜こがけんがすごくシティ〜
スピルバーグ作品を観て予習した私に死角なし
日生劇場で上演されている『バンズ・ヴィジット』を観てきました。2018年のトニー賞で作品賞を含む10部門を受賞した話題作で、今回が日本初上陸。ミュージカルマニアの友人がとてもおすすめしていたので、これは観に行かねばと思いました。
ただ、「歴史的背景を知らないと、ちょっとよくわからないかもしれない」ということも言っており、なるほど、この作品は予習が必須なのですね。漫画や映像作品であれば、作品の本題に至るまでのあらすじをざっくりダイジェストで紹介することもできますが、舞台だとなかなかそうも行きません。
公式サイトには作品開設のほかにも、楽曲紹介、開幕ポート、記者会見動画など、情報もりだくさん。さすがホリプロ企画。公式サイトだけチェックすれば、問題なく楽しめます。
もちろん、何も知らなくても楽しめますが、「あらかじめ、ある程度の知識があるとより楽しめるよ」的なことが公式サイトには書いてあります。しかし、最近スティーブン・スピルバーグの映画『ミュンヘン』を観たばかりの私は、エジプトとイスラエルの関係性は予習済みです。予習の仕方がこれであっているのかはわかりませんが、とりあえず良しとしました。
何か起こりそうで何も起きない
日生劇場の前にたくさん人がいるので大盛況だなと思ったら、隣の宝塚劇場のお客さんたちでした。宝塚もいいですね。
『バンズ・ヴィジット』のあらすはじこちら。
1996年。エジプトの警察音楽隊が、イスラエルの空港に到着した。「ペタハ・ティクヴァ」のアラブ文化センターで演奏するために招かれた彼らだったが、待てど暮らせど迎えが来ない。彼らの乗ったバスは目的地と微妙に違う名前の「ベイト・ハティクヴァ」という辺境の町に到着してしまう。演奏会は翌日の夕方。食堂の女主人ディナは、一行に自分の家や食堂、常連客の家に分散して泊まることを勧める。かくして、言葉も文化も異なる者同士が、不思議な一夜を共に過ごすことになった。迷子の警察音楽隊は、果たして無事演奏会に間に合うのだろうかーー?
このあらすじだけ見たら、迷子になった警察音楽隊が、演奏会に到着するまでのすったもんだの物語だと思うでしょうが、全然違います。
この作品で描かれるのは「言葉も文化も異なる者同士が、共に過ごす不思議な一夜」であり、すったもんだは特にありません。特別大きな事件が起きるわけでもないし、誰かが死にそうになることもないです。派手なミュージカルを期待している人には、パンチに欠ける作品かもしれません。
主要人物は、風間杜夫さん演じる警察音楽隊の楽隊長、トゥフィークと、濱田めぐみさん演じる女主人ディナ。この人たちはそれぞれアラビア語とヘブライ語を話すので、共通言語の英語(舞台では日本語)でコミュニケーションを取ります。ブロードウェイでは、片言の英語のやりとりが、めちゃくちゃウケるそうです。しかし、日本語版だと、残念ながらその辺の面白さが出ません。
もっと言うと、日本人は、エジプトとイスラエルの文化的背景を身近に感じる機会が少ないため、そもそも『バンズ・ヴィジット』は日本人ウケするのが難しい作品だと思います。仕方ないけど、なんだかもったいない。みんな『ミュンヘン』を観て勉強すべきです。
こがけんはすごくシティ
警察音楽隊のメンバーは、ミュージシャンで構成されており、全編生演奏です。濱田めぐみさんの歌は言うまでもなくとてもいいのですが、今回は中東音楽にジャズがミックスされたようなナンバーばかりなので、声にとても合っていると思いました。いい意味でミュージカルっぽくない曲です。この作品にはお笑い芸人のこがけんさんも出ているのですが、歌良かったです。ネタで歌っているのをテレビで見たことあるので上手なのは知っていましたが、舞台上では声量がすごかったです。あと、変にテクニックに頼らないところが、シティな感じがしました。
シティとは、洗練されたなんかおしゃれな感じを表す言葉です。『POPEYE』と『BRUTUS』にハマっており、シティをよく使うようになりました。
さて、一晩過ごすことになった警察音楽隊とディナたちは、最初はたどたどしかったものの、段々と距離を縮めていきます。風間杜夫さんが、アラビア語で歌う場面は可愛かったです。
警察音楽隊と町の人々が交流したことによって、少年が恋に目覚めたり、ある夫婦が離婚危機に陥ったり乗り越えたり、不倫で揉めたり、いろいろします。ディナとトゥフィークは、一緒に酒を飲み、歌をうたい、打ち解けたかに見えたのですが、トゥフィークが身の上話をしたことによって、二人には距離ができてしまいます。仲直りしようにもうまくいかない。それでも出発は待ってくれません。
翌朝「さよならマダム」と言って、トゥフィークたちは去っていきます。ここで終幕。休憩なしの100分の舞台なので、あっという間です。劇的に見えた異文化交流も、過ぎてしまえばただの通行人だったというような物悲しさを感じるラストです。
終演後、ロビーに降りると、トニー賞受賞トロフィーが飾られていました。
写真撮るのに集中していたので、実物をちゃんと見るのを忘れてしまいました。
パンフレットを読むと、台詞にこめられた意味などがより理解できます。チラシに書いてある言葉がとてもいいなと思いました。
【「なにかいいものを観たい」あなたに贈る、大人の劇場旅行。“何もない町”へ、ようこそ!】
まさにこれです。なんかいいもの観たって思える作品でした。
中村 未来Nakamura Miku
千葉県習志野市出身の演劇ライター、シナリオライター。
玉川大学芸術学部卒業。
趣味は演劇鑑賞と漫画を読むこと。
東京都在住。
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